七 相続の承認および放棄
まず、つぎのケースをみてください。
【ケース4】〔選択肢4〕
Aが死亡し、BCの二人が相続人となった。Bが自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所に対して、相続によって得た財産の限度においてのみAの債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して相続を承認する限定承認をする旨を申述した。この場合、Cも限定承認をしたものとみなされるか?
相続開始から3か月の間にBは、家庭裁判所に限定承認という手続をとっています。では、この限定承認というのは、どのような手続なのでしょうか?
1 相続人による相続選択
被相続人の権利・義務は、相続開始と同時に相続人に承継されます(民法896条)。しかし、相続財産といっても現金、預貯金、株式、不動産のようなプラスの財産(積極財産)ばかりとは限りません。借金などの債務(消極財産)も相続の対象になります。
もっとも、相続が開始しても相続人は相続することを強制されません。相続は義務ではないということです。むしろ民法は、相続財産の承継に関し、単純承認、限定承認、相続放棄という三つの選択肢を用意しています。相続人には、この3つの中から自由に相続に関する選択をすることができるというワケです。
2 熟慮期間
ところで、相続人が相続に関する選択をするには被相続人の財産状況を調べ、情報を得る必要があります。このため相続人に相続選択を直ちに要求するのは、相続人の利益を害することになります。
もっとも、いくら相続人に相続選択の自由が認められているからといって、選択をズルズル引き延ばすことを許すと、権利義務関係がいつまでも不安定な状態におかれます。このため、他の相続人および被相続人と生前に取引した相続債権者等の利害関係人に不利益を与えるおそれがあります。
そこで民法は相続人に相続選択に関して検討する時間を与えて、その間に選択させることにしました。民法915条をみてください。
【民法915条】(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第1項 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
第2項 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。
「自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内」とされています。この期間を「熟慮期間」といいます。熟慮期間内に、単純承認をするか、限定承認をするか、相続放棄をするか選択しなさいということです。
3 単純承認
相続人が、一身専属的な権利を除いて、被相続人の一切の権利・義務を包括的に承継することを単純承認といいます。民法920条をみてください。
【民法920条】(単純承認の効力)
相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。
単純承認をするのに特別な方式・手続はありません。口頭で「相続する」と言うだけでもOKです。
同条は、「無限に被相続人の権利義務を承継」とあります。したがって相続人が単純承認した場合、プラスの財産はもちろん、被相続人が生前した借金(債務)などのマイナスの財産(消極財産)も相続することになります。
当然、プラスの財産だけでは被相続人が生前にした借金を返済するのに不足する場合があります。その場合、単純承認をした相続人は自分の固有財産で借金の返済することになります。
「じゃあ、借金は放棄することにして、プラスの財産だけもらってしまえばバレないんじゃね?」
…相続放棄については後述しますが、相続放棄は文字どおり「すべての相続財産の承継」を拒否する選択肢なので、相続財産の一部だけを放棄することはできません。
また、相続放棄をしたにもかかわらず、プラスの財産を隠したり売却したりすると、法定単純承認にあたり単純承認したものとみなされます。民法921条をみてください。
【民法921条】(法定単純承認)
次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
一 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。
二 相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
三 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。
1号および3号に注目してください。相続人が相続財産を売却した場合、その相続人は単純承認したものとみなされるというのが921条1号です。相続放棄をした相続人がプラスの相続財産を隠したりした場合も、単純承認したものと扱われるというのが921条3号です。
民法921条2号も要注意です。熟慮期間内に、相続放棄および限定承認をしなければ単純承認したことになってしまします。このことから日本の相続制度は、単純承認を原則にしているものと考えられています。
4 限定承認
(1)限定承認の意義
さきに述べたように単純承認をしてしまうと、被相続人が生前にした借金も相続してしまいます。このため相続財産のうちマイナスの財産(消極財産)がプラスの財産(積極財産)を上回る場合、相続人は自己の固有財産から借金の返済をしなければなりません。
しかし相続財産のうち、プラスの財産(積極財産)とマイナスの財産(消極財産)のどちらが多いか判断が困難な場合もあります。このような場合に用いられるのが限定承認です。
限定承認とは、相続財産の限度でまず被相続人の債務を弁済し、残余財産を相続するという制度です。民法922条をみてください。
【民法922条】(限定承認)
相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。
条文が難解なので「どういう意味かワカラナイ」という人も多いと思います。ようするに被相続人が作った借金は、被相続人のプラスの財産(積極財産)で返済すればよいという発想です。つまり、相続財産のなかで清算してしまうのです。
そして残った財産が限定承認をした相続人のモノになります。被相続人の作った借金が残った場合、相続人は支払責任を負わないと扱われます(責任なき債務)。
(2)限定承認の手続
さて、限定承認をするには、さきにみた熟慮期間内に財産目録を作成し家庭裁判所へ行って「限定承認の申述」をする必要があります。共同相続の場合、限定承認の申述は相続人全員でしなければなりません。民法923条をみてください。
【民法923条】(共同相続人の限定承認)
相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してのみこれをすることができる。
「全員が共同してのみ」としていますから、共同相続人のうち一人が単純承認したり、あるいは法定単純承認にあたる事情がある場合は限定承認できません。
(3)ケース4の検討
【ケース4】において限定承認の手続をしているのはBのみです。他の相続人Cは限定承認の申述をしていません。
民法923条は、相続人全員が共同してのみ限定承認をすることができるとしていました。したがって、共同相続人のうちBが限定承認しただけでは、Cも限定承認したことにはなりません。
平成29年度宅建試験第6問選択肢4は、「Cも限定承認をする旨を申述したとみなされる。」となっていました。民法923条の規定によれば、このような扱いはありません。よって、この記述は誤っていることになります。
5 相続放棄
(1)相続放棄の意義
相続放棄は、相続人が相続放棄による包括承継の効果を全面的に拒否する意思表示をいいます。ですから相続放棄をすると、相続財産から何らかの財産をもらうことはできないということになります。
(2)相続放棄の手続
誤解をしている人も多いようですが、いくら口頭で「ワタシは相続放棄する」と言ってもダメです。
相続放棄をするためには、熟慮期間内に家庭裁判所へ「相続放棄の申述」をする必要があります。このような手続をとらないでいるうちに熟慮期間が経過してしまうと、法定単純承認になってしまいます(民法921条2号)。
さて、ようやく、平成29年度宅建試験第6問の検討を終えました。4、5回くらいで終わるかな?と思っていましたが、とんでもないことになってしまいました。
たった1問の資格試験問題をここまで引っ張る…、じゃなかった、ここまで解説したものは当ブログ以外に、たぶん、存在しないでしょう。
これからも、ここまでの「宅建シリーズ」のように、「たった1問」をムダに掘り下げていきたいと思います。
えっ?つぎのテーマですか?
…まだ決まってません。